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作者:

 ファ・ディールへようこそ、言葉の海を渡る旅人よ。

 私は語り部のポキール。これよりキミを、長い長い物語へと招待しよう。

 物語を紡ぐのは、偉大なる木と、二人の英雄。幼き双子の魔法使い。

 地の底に堕ちた知恵の竜、涙を忘れた煌き達。

 遠き日の友は愛と鎖に引き裂かれ、死せぬ帝は今なお栄光を望む。

 お届けしまするは語り部のポキール。それでは参りましょう。

 大地は記憶する、星の全てを。

 大地は教える、過去の全てを。

 石達が歌う時、草木は芽吹く。

 草木が芽吹く時、影無き光が大地を照らす。

 天空に輝く一つの光は、楽園の鳥の着飾る羽に砕け、虹の七色は星を彩る。

 時の呪縛、地の呪縛、解き放ちてただ一つ、自らの由を知れ。

いざないの詩

 マナの木が焼け落ちたのが900年前。

 マナの力は魔法楽器やマナストーン、アーティファクトの中にだけ残され、知恵ある者たちはそれを奪い合いました。

 そして数百年に渡る戦乱の時代を経て、マナの力が少しずつ弱まるにつれそれを求める者たちが消えゆくと、ようやく世界に平穏が訪れました。

 それ以来人々は求める事を恐れ、虚ろな気持ちだけを胸に抱いて、私の元から離れていきました。

 私の無限の業から目を背け、小さな争いに心を痛めています。

 私を思い出してください。

 私を求めてください。

 私は全てを限りなく与えます。私は――

「おっはよー、ディン! ほら、朝だよ! 起きろ〜!!」

 子守唄の様に優しく語り掛ける声が、突如甲高いモーニングコールに変化する。ディンと呼ばれた少年が瞼を持ち上げると、そこにはパッチリとした新緑の瞳があった。

――本当に全て夢だったのだろうか。知らない、けれど懐かしい声。何と言っていたのか、全く覚えていない。無性に気になったが、二度寝してもう一度夢を見る、というわけにはいかないらしい。

 ディンは寝癖で色んな方向に飛び出した金髪を撫で付けながら、渋々身を起こした。

「それぐらい言われなくてもわかるっての……」

「どしたの? 折角こんな気持ちの良い朝なのに、顔色悪いよ」

「おはよう、ファナ。確かに気持ちの良い朝だな……マンドレイクの金切り声さえ無ければ」

「サボテン君も、おはよう!」

「人の話を聞け! 観葉植物より俺を見ろ!!」

 ファナと呼ばれた少女は、部屋の隅の小さな植木鉢にチョコンと収まったサボテンにも大げさに手を振って挨拶をした。しかし彼(?)の反応は無く、感情の無い笑顔(の様なもの)もピクリとも動かない。

「観葉植物だなんて失礼な! サボテン君も家族の一員だよ、ちゃんと挨拶しなきゃ」

「へいへい……すんませんでした、と」

 彼女曰く"サボテン君は動いて喋って日記もつける"……らしい。確かにこのサボテンには手足の様なものもついているし、ファ・ディールには喋ったり歩いたりする植物が数多く存在する。しかしディンはサボテンが動くところなど一度も見てはおらず、その話には半信半疑であった。

 ディンは溜め息を吐きつつ愛用の真っ赤な羽根つき帽子を手に階下へ向かった。

「はい、朝ご飯」

 居間のテーブルに着くとファナは、さいころいちごのジャムがこれ以上無い程にたっぷりと塗られたクロワッサンを差し出した。しかしディンは顔をしかめ、受け取るのを躊躇った。

「なぁ、いくらなんでも作りすぎじゃないのか……この1週間、ずっとそれだぞ?」

「今年は天気が良くて大豊作なの。一杯作ったからしっかり食べてね!」

 何だか会話が噛み合っていないが、ディンは敢えてもう一度言い直す事はしなかった。経験上、こういうときは何度言っても無駄だと悟っている。クロワッサンの表面は大部分がジャムに覆われ、手を汚さず持つのに苦労させられた。

 最後の一口をコーヒーで何とか飲み下したところへ、ファナが台所から巨大な瓶を抱えて出てくる。その中身を見たディンは唖然とした。

「……マジかよ」

 両手で抱き抱えるファナの顔を隠すほどの瓶には、いちごジャムがギッシリと詰め込まれていた。毎朝パン一切れぶん食べた程度では、一月や二月で消費するのは不可能だ。いや、その前に間違いなく腐る。

「折角だから酒場におすそ分けして、お客さんに出してもらおうかと思って。ディンは今日、マークさんとこへ行くんだったよね。これもついでに持ってってくれない?」

「あぁ……なるほど、そいつは名案だ。わかった、持ってくよ」

 ぎっくり腰でも起こしそうな重労働……ディンは少し思案したが、やはり引き受けることにした。もし断れば、大量のジャムを全て自らが消費することになりかねないからだ。

「ありがと!ディンの分も果樹園にまだまだあるから安心してね……って、どうしたの?そんなにうなだれて」

「何でもねぇよ」

 いっそ全部ニードルバードにでも食われてしまえ。ディンは心の中で呪いをかけた。

 真っ赤な羽根つき帽子に、擦り切れた獣革のグラブとブーツ。メノス銅の胸当て、腰には二振りの長剣、背中の大きなリュックサックには小ぶりの弓と矢筒が差さっている。何もこれから仇敵との決闘に臨む訳でも、魔物の巣食う迷宮へ決死の突入を試みる訳でも無い。これがディンにとっての"普段着"だ。

「それじゃ、行ってくる」

「は〜い、いってらっしゃい! レイチェルによろしくね」

 大きな樹に寄り添うように建てられたマイホームの扉を開くと、頭上からは青のグラデーション、足元からは緑の絨毯がディンを出迎えた。そしてその狭間には、赤や黄色で出来た町並みがある。ここから見ると、まるで積み木のおもちゃのようだ。

 緑の絨毯を縦に割るように、緩やかなカーブを描く道が積み木の町へと続いている。ディンはそれを辿り、えっほえっほと歩き出した。

 マイホームを覆うかやぶき屋根。そこから見下ろす細長い人影に、ディンが気付くことは無かった。

「いよいよ、女神が彼に接触したようだ。君が残した種はどのように育つのか……楽しみにしているよ、ヴィータ」

 目深に被ったハットから嘴を覗かせたその影は、徐々に小さくなるディンの後姿を見送ってから煙の様に消えた。