作者:さゆる
いつか帰る場所はどこだと聞かれたら、少年は迷わずあのドミナの町に近い、森の傍の。赤い屋根の家だと答えるだろう。 ***** 「雨が止んだら、お師匠帰ってくるかなあ・・・」 食器についた水滴を布巾でぬぐいながら、コロナが呟いた。 「てか、だいぶ雨弱くなってきたし、そろそろ帰ってくるんじゃん?予定では昨日のはずだったんだし遅いよな。あっ。ペットに餌やってこなくちゃ!」 「それはさっきあたしがやりました」溜息をつきつつ、コロナ。 「まったくバドったら。家の中うろつきまわってたと思ったら、今度は何?落ち着きがないんだから」 「なんだよぉ。・・・・それにしたって。ドラゴンの雛を拾ってきたり、だ、大丈夫なのかな。あの飼育小屋。今はおとなしいけど、俺微妙に心配・・・」 「何言ってるの。平気よ」 「にしたって。ひどいよな、つれてってって頼んでもだめなことのほうが多いし。師匠も俺たちにペットの世話みんな押し付けて〜」 机に突っ伏したバドの頭に、軽く箒の柄がごつんとあたった。 「なにすんだよーコロナっ」 「当然の報いです。バドってば、お師匠が何で最近少しペットを増やしたか、理由を考えたりしないの?強そうな雛を連れてきて面倒をあたしたちに見させようとしているのは、子供のうちからあたしたちが育てれば、雛があたしやバドになついて、いざっていうときに護ってくれるようになるからじゃない」 「・・・・・・・え」 「留守中、家に子供だけで残していくのを心配してるの、お師匠は。少しは察しなさいよ」 「考えすぎじゃん、そんなことするより留守が心配なら、冒険につれてってくれればいーだろー!」 頭をさすり、むくれながら言いつのるバドに。 「自分の魔法がまだオソマツだってことに、気付かないのね」 「俺は強いって!」 「まだまだです。いい?強い敵が出てきて、あんたの手に負えない奴だったら?師匠にメイワクかけちゃうのよ?あたしたちが怪我したら、師匠はきっと気にするわ」 「えっ・・・・」 そう一言言った後。口ごもり。初めてバドはショックを受けたように顔をくもらせた。 まさか、という想いと。コロナの言ってる通りかもしれない、という想いと。 そして考えは後者のほうに傾いていく。 (そうなのかよ、お師匠) だから、比較的安全そうな外出のときしか、自分達を連れていってはくれないのか。 しゅん、と落ち込んだバドの姿をしばしじっと見つめ。 コロナはあさっての方向へ視線を転じ、深く重いため息をついた。 「・・・・・・・・・なんだよー」 「バドって子どもなんだなって思っただけ」 「なにおうっ」 「あれ?」窓の前にぺたんと腰をおろしていた草人が、あっと小さく声をあげて。扉のほうへ走っていった。 「草人?」 もしかして、とぱっとバドは顔を輝かせがばっと身を起こした。 「ただいまぁ」 扉を開けてはいってきた彼女は、傘をたたんで笑いかけてきた。 金の髪に水滴がついていて、服が微かに濡れている他、まったく変りない様子だった。 冒険に出るたびに、帰ってくるときの姿が気にかかる。このひとなら、大丈夫だとも思うんだけど。 大きいオリーブ色のリュックサックをどさっと下して。そばにいた草人をはぐっと抱きしめてから、 「お留守番お疲れさん。変りなかった?そっちの悪がきさんたちも」 と尋ねてきた。 「勿論、何事もなく、でしたよ〜。郵便ペリカンさんが着たくらい。そう、お師匠のお友達から、手紙が届いたほかは。特に不審者も来ませんでしたし、来ても入れないからダイジョブです」 コロナが笑顔でそう言う傍らで。バドが「俺!」と大声をあげ、椅子から飛び降りた。 すたたたっと娘のいる扉前へと近づき。握りこぶしを作って、草人をハグっとしたまま目を丸くしているお師匠を見たまま、はっきり告げた。 「お師匠、おれ、ペットの世話もがんばるし、留守番も、なるべく文句言わないようにする!」 「・・・・・・へ?」 「でもって、強くなるから!お師匠が俺のこと心配したり気にしなくても戦ったり冒険できたりするくらいに強くなるから!そうしたら今よりもう少しだけ、冒険に連れて行ってくれるようになるよな?」 「・・・・・うん?」 目をせわしく瞬かせ。そして名演説を終えて肩を上下させているバドの斜め後ろで困ったように笑っているコロナを、物言いたげに彼女は見た。そこでピンときたのか、なるほど、と小さく呟き。吹き出しそうになるのをこらえたように、苦しげな笑顔を浮かべた。 「もちろんよ、いつか大魔法使いになる、バド君。そのときは、頼りにさせてもらうからね」 「おうとも!」 満面の笑みで親指をたてた彼の赤紫のやわらかな髪を、彼女の手袋に包まれた手が、わしゃわしゃと乱暴に乱した。 バドは。あるひとの予言にあった、未来において大!魔法使いとなり世界各地を回り、書物に残るような大冒険を繰り広げるらしいというその予言通り、冒険者となった。それでも人にはいつか帰る場所も、拠り所となる場所も必要で。 仲間となった珠魅の青年にその地がどこであるか問われて、その魔法使いの青年は明るい目をして、懐かしそうにその家のことを口にした。 (ドミナの町からそう遠くない場所にある、森を抜けてその先に丘があって、赤い屋根の家が建ってるんだ。たくさんの人が集まる、色んな生き物を飼って、大きな畑があって果樹園もある。その果樹園ですらしゃべる樹もいてさ。賑やかな家なんだ。) いろんな出来事があったし、いろいろな物語にそこで触れて、自分はそこから巣立ち世界へと旅に出た。長い旅になるだろう。その見送りの時。菫色の瞳の持ち主は、気が向いたら帰ってきなさい、と普段のようにあっけらかんと告げた。旅に出て、どこかに帰りたいって思ったら、ここを思い出すのよ。 「ここはあんたの家なんだからね」 彼女は小声で付け足すように、あたしも冒険に出る時はいつもそう思って最後は、ここに帰って来たのよ。そういう場所があるって、結構いいものなんだから。と告げた。 心に沁みるような笑顔を向けられ、バドは不覚にも涙ぐみそうになった。子供のときにされたように頭を乱暴になでられる。いつまでも、このひとはお師匠で、自分は子供扱いだ。だが、このときは反発は浮かばなかった。 「行ってくるよ、お師匠。コロナも、元気でいろよ」 「はい、いってらっしゃい。あんたも気をつけてね」 「無茶してはじけてお仲間にメイワクかけないようにね。いい旅を」 二人の笑顔に後押しされて、バドは仲間になった青年と煌きの都市で合流する約束を守るべく。 その家を出た。そして先ほどの言葉を反芻し、胸に広がる温かい感情を想う。 ここはバドの帰ってくる場所だ。 そして大切な人達の、心のある場所なのだ、と。 |